マダガスカル地理区の雄アリの分類
私の研究テーマはアリの分類ですが、以前から特に雄アリに着目しています。現在はアカデミーでマダガスカル地理区の雄アリについて、同定技術の開発と形態情報の体系化に取り組んでいます。雄アリの分類体系を整備することは、アリの分類学そのものの発展だけでなく、系統や生態、そして保全生態学に至るまで、幅広い分野に多くの新しい情報をもたらします。雄アリの形態は働きアリや女王アリとは大きく異なっているため、これまでは単独で採集された場合には同定すら困難でした。しかし各種の雄の形態をよく調べていくと、働きアリでは分類が難しい種類でも雄アリでは容易に区別ができる例が少なくありません。また、コロニーの繁殖や分散など、各アリの生態を調べる上でも、雄の形態情報の蓄積と体系化は大変有用です。
これまでのアリ類の分類体系は働きアリに基づいて構築されており、雄アリの情報は断片的に散在しています。種の形態情報はもっぱら働きアリによって記録され、雄アリの形態についての記録は働きアリに比べると絶対的に不足しています。検索表も、限られた地域に限定的に適応できるものがあるだけでした。有用な情報源であることが約束されていながら、このことが現在でも雄アリの情報を体系化する上での大きな障害となっています。
ある地域の雄アリの同定システムの構築には、同じ種の働きアリと雄アリとの対応関係が明確で、かつ対象地域全体を網羅したコレクションが必要となります。しかし、雄アリは働きアリに比べて出現時期が限られ、またコロニーからの直接の採集が難しいため、このような条件を満たすコレクションは非常に限られています。
カリフォルニア科学アカデミーのマダガスカル産アリコレクションは、上記の雄アリに関する諸問題に取り組むチャンスをもたらす、数少ないコレクションです。15年にわたる調査によって採集された、充実した多くの標本が所蔵されており、すでにマダガスカル地理区のほとんどの種を網羅しています。その中には多数の雄アリが含まれており、多くの雄アリについて、働きアリとの対応が判明しています。さらにこれらの標本情報は画像データベースとして整備され、担当のスタッフによって常に追加、更新、管理がなされています。これらの標本から得られる膨大な形態情報と、過去の資料の中に眠る断片的な情報を基に、マダガスカルに生息する種の雄アリについて、属までの同定システムの開発と、属レベルの分類情報の体系化を目指します。
マダガスカル地理区における雄アリの分類研究は、マダガスカルにとどまらず、今後の、世界の雄アリの分類体系整備の重要な足がかりとなります。また、マダガスカルの生態系は高い多様性をもち、多くの固有種を含むことで知られます。本研究で提供される雄アリの同定システムは、本地域における保全生物学的研究の強力なツールとして大いに貢献することになります。
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